第103回GS木鶏クラブ【鈴木大拙に学ぶ人間学】

だいぶ過ぎましたが、8月8日は103回目のGS木鶏会でした。 

今回のテーマは、『鈴木大拙に学ぶ人間学』です。 

『致知』は難しいとよく言われますが、ここまで一人の人にフォーカスした特集号は、あまり記憶にありません。 

よっぽど、鈴木大拙が素晴らしい教えを残してくれているのであろうと、読み進めましたがなかなか感想文を書くのが難しいと感じました。多くの社員が同じように感じながらも、ネットで調べながら感想文を書いてくれました。 

自ら決して踏み込まない分野について学べるのも、社内木撮会の良いところです。 
さて、今回の感想文は、弊社の最年長(62歳)の総務部長の感想文です。 

20代でも60代でも、ひとつのテーマで語り合えるのも、木鶏の良いところです。是非、ご覧ください。 


今回は、特集記事、及び二つの対談記事を読んで、また自分なりに調べたことからの全体的な感想となります。 

鈴木大拙先生は仏教の臨済宗を研究し、海外でものその考え方や教えなどを翻訳し物事の考え方、哲学を広めた方ということであった。 

私も京都に2年ほど暮らし世界遺産の天龍寺にも数度訪れましたが、臨済宗や鈴木大拙先生については殆ど関心を寄せてはいませんでした。臨済宗の禅について少し触れられたのは意義がありました。 

『道を学ぶもの、欲望に惑わされず、様々な邪な誘惑に乱されず、悟りを求めて精進すれば、この人は必ず真の道に入ることを保証する。』また、『自由だ、創造的だ、随所に主となるのだというだけでは、何もならぬ。人間には、他の生物と違って大悲というものがなくてはならぬ』と説いておられますが、真実とは何か、また降りかかる環境の変化や、境遇の変化に対しても自分として確たる物をもって進むことが重要であるといわれているように思えました。 

『禅』とはひとつの相にこだわらない無相。一処にとどまらない無住。ひとつの思いにかたよらない無念の心境を禅定と呼び、仏の心のことらしいです。 

私たちは他の存在と自分とを違えて、対象化しながら距離と境界を築き、自らの都合や立場を守ろうとする我欲によって、対峙しがちのようです。自分とは違う相手を許し認め、自分とひとつとする「不生不滅・不垢不浄・不増不減」の空の価値観に立つことが重要だと思われます。 

また、『我々はほんの一片か二片の土を加へるようなものである。しかし加えないと云うのではない、一片だけで、其処に盛って居るのである。 

従ってそれだけの力をのせて居るはずである。』という文章がありましたが、この部分は、第16期の社員全員で創った『私たちの理念』の中の『・・ジグソーパズルのような・・・』にも通じるものがあり、高い理想に向けて、私たちのめざす将来に向けてポジティブな社員で理想を追求していきたいものだと思った。 


写真は最近の会社の様子です。

ワークスペースガイドラインを策定し事務所で働くことを前提としていませんが、時々事務所に来る人も増えてきました。